転載です。
[訪問した地区]
コロンボから南に下って、パナドゥラ→カルタラ→ベールワラ
<カルタラ>
パナドゥラからさらに南下するにつれ、海岸沿いはだんだん
見晴らし良くなってくる。これは津波で破壊され、
被害が大きかったことを意味する。途中にあった海岸沿いの駅も
コンクリートの塊だけになっていたが、現在は復旧して
途中までなら一日数本だけ運行できるようになったとのこと。
内陸の小さな避難キャンプ(寺院)を訪ねてみた。
入り口には警察と軍のセキュリティがいるがのんびりと座って
談笑しており、穏やかな雰囲気だ。津波から一ヶ月が過ぎ、
この人たちもこの先いつ終わるとも分からない門番の任務が
続くわけで、ご苦労なことである。
(軍と警察、エアフォースは隊員の給料一週間分なし
=寄付を先月発表している。)
こんなキャンプが何百とこの地区にあるという。ここは比較的
小規模で26家族、78人が避難中。同居家族が
多いスリランカの家族構成を考慮すると、
ほとんどの家族が誰かしらを亡くしていると思われる。
入り口の黒板には男性○人、女性○人、8歳以下が○人といった
このキャンプの避難者データが表示されていた。
仮設テントには家族や親族と5-6人で住んでいるそうだが、
テントの数が足らず、寺院のお堂内でサリーの布で仕切って
生活している人たちもいた。ここやっとテントが届いたのは
1週間後ぐらいとのこと。トイレもあり、軍が用意したタンク車で
いつでもシャワーも浴びられる環境だという。しかし今日の新聞
によると、170人のキャンプでトイレが2つだけ!という所もあり
政府の義援金の使い方に不信感もでてきている。
先日は一部の避難キャンプで避難民によるデモが起こった。
ここにいたおじいさんも『(この先のことは)全くわからない』
とうなだれていた。キャンプに人は少なく、閑散としていた。
昼間は自宅の片付けや職探しやら、自力で立ち直ろうと
外で必死に動いているのだろう。昼間のキャンプは
老人と小さな子供をあやす母親しか見かけなかった。
<Vol.3へ続く>
横浜市長グッジョブ!
「中古バキュームカーをスリランカに寄付」