こんな事書いてしまっては、阿川氏に失礼だ。
今でこそ、
・リベラルな海軍
・おバカな陸軍
・優柔不断な政府
と言うように
若干ステレオタイプではあるけれども
歴史的評価に落ち着いているが
PONなんかが生れ落ちる遥か前に
この見方を世間に広めたのは
阿川氏の功績が大だからである。
阿川氏がこの
「山本五十六」提督の小説(戦記モノ)を
執筆し始めたのは
昭和30年代のお話。
世間の政治家や大企業のお偉方にはまだまだ
「元帝国陸軍第何期卒」とか
「元帝国海軍何とか中将」なんてのが健在で
ご遺族の方も当然ながら生きていた頃。
公平に書けば書くほどに
「山本五十六」提督も人間で在るからして
書くには不都合なこと、
ご遺族が存命中な時代だけに
不愉快に思われることも
たくさん出てくる。
でも阿川氏は書いた。
(最終的には和解したようだが
遺族などに訴えられたりまでしている)
多数の公的文献、アメリカ側の資料、
当時、存命中だった軍中枢部の人間の昔話、
果ては芸者やお妾さんに出したラブレターまでを
ニュースソースに
時系列でエピソードを展開。
人間、山本五十六を浮かび上がらせている。
その手法は、まるで自分も山本五十六提督のそばで
時代を生き抜いてきたかのような
錯覚すら覚える。
今以上に資料の取り寄せも困難で
情報開示も無く、戦争を語るには
生々しすぎる程、戦争が残っていた1950年代に
阿川氏には
よくぞここまで書いていただけた!と思う。
結局、現在PONが読んで歴史を知った気になっている
光栄や学研など本屋に並ぶ戦争関連資料集
なんてほとんどが「孫引き」の書物であるし。
実取材に基づいたホンモノはやっぱり凄い。
余談になるが
「銀河英雄伝説」でおなじみの「田中芳樹」氏も
かつてこの小説を読んだに違いない。
実は読めば読むほど
「山本五十六」提督の言動が
「銀英伝」のもう片方の主人公
「ヤン・ウェンリー」を彷彿させるなのだ。
(山本提督はあんなに「学者」然ではなく
気さくで人の良いオヤブンって感じだったらしい)
無論、一方は実在の人物
一方は完全なるフィクションであり
順序も逆だ。
「山本五十六」提督は
陸軍のおバカや、優柔不断な政府首脳、
単に騒ぐだけの「憂国の志士」なんてのに接する度
「こんな海軍早くやめて
シンガポールに島を買って
カジノ島を作って、女性達と永住する!」
と本気なのかうそなのか、当時の副官も
対応しかねるボヤキをこぼすこと
たびたびだったそうで。
我々現代人からみると
今からでは絶対戻りたくも無い、
あの閉塞した時代に
これだけの異能人がよく居たものだと
素直に感心する。
彼には元海軍の親友がいて
(友人の方は政治的陰謀から
早々に軍をクビにさせられて民間人だった)
その彼にだけは真珠湾攻撃の直前に
「個人としての意見と
正確に正反対の決意を固め
其の方向に一途邁進の外なき
現在の立場は
誠に変なもの也」
という一文を送っている。
世の中で一番、自分の部下を
ハワイに送りたくなかった人間
それこそが「連合艦隊指令長官」
であったという皮肉。
逆シャアの道化なんて大した事無い(苦笑)
ただ、阿川氏も手放しの海軍礼賛のみではなく
戦争を止められなかった原因に海軍も
責任があると、しっかりと苦言を述べている。
・任務に精励することこそ
軍人の本懐であり、政治には
不介入という海軍の美風
・英国風スマートにこだわるあまり、
喰らいついてまで、何かを成し遂げよう
とする気持に欠ける
頭の良い人間にありがちなのだが、
たとえばあるバカが居たとすると
最初から展開が見えてしまって
根気よく論破しようとする気にすらならないのだ。
つまり、バカは初めから避けて通る。
それはスマートかも知れないが
国家の重大な時期に
バカを相手に体を張って止める人間が
結局、海軍には居なかった。
政治家は2.26事件ですっかりビビってしまい
陸軍に対抗できる組織は
海軍だけだったにも関わらず、だ。
もっとも、もし海軍が本気になっていたら
陸軍と内戦になってしまうわけで
本当にしっかりしなければ
いけなかったのは、当然ながら政府である。
今の自衛隊は3軍あるけれど、どうなんだろ?
阿川弘之3部作 新潮文庫
「山本五十六 (上下巻)」
「米内光政」
「井上成美」
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