(たぶん秋田犬)を飼っている家があった。
ここは子犬の頃から夫婦で
可愛がっていて、大型犬でありながら
寒い冬には室内のこたつから出てこない。
自分を人間と同一視していたフシがある。
我が家は酒の小売業をしていて
「郵便と宅急便と酒屋は
犬と仲良くできないと勤まらない」と
かねがね公言していた親父だから、
親父は配達先のあちこちに
御懇意にしている犬がたくさんいた。
そのうちの一匹が彼。
ある日、彼の飼い主である奥さんが
彼を連れて、うちの店へ買い物に来た。
「なんだ、いつも来るあの人間の家は
ここだったのか!」と
以後、我が家は彼の毎日の散歩コース
(勝手に一匹で巡航する)
に組み込まれてしまった。
イメージ(写真は拾い物)
いつも一匹で入ってくると
(自動ドアをマスターしている)
クーラーの利いた店内で、
「ああ、どうぞかまわず」といった
風情でじっとしている。
しつけはしっかりしていたので
大小はもとより、絶対に鳴くこともない。
ただひたすら、楽しそうにお店の風景を
じっと見ているのが習慣だった。
一度だけ、我が家の敷居をまたいで
店から奥の居住区に(当たり前のように)
入ろうとしたことがあり、
その時はさすがに親父に叱られた。
以後、彼が家に上がろうとすることは
無かったけども、最後まで納得できないような
さみしそうな眼をしていたことを覚えている。
友人が来てやったのに
何で上らせてくれないんだよぉ
失礼な家だなこの家は?
みたいな眼。
いつも小一時間程、店内でお座りをしては
満足したかのように、ふっと店を出てゆく。
その時はいつも突然。客の出入りを
告げるチャイムがなったのに
店に誰もいない時は
彼が出て行った時だった。
なんか老遊び人が、飲み屋で
静かに一杯だけやってスッと
いなくなるようなそんなさりげなさ。
あるとき、常連の酔っ払い
(商売柄つきものだ)が店内でふらつき
彼の太くて立派なしっぽを
踏んづけてしまったことがある。
ある意味、生命の危機だ。
どんなに人に慣れた犬だって
当然、全力で抗議するはず。
踏まれた瞬間、ギャン!と叫んで
振り向き、相手をみるや
「ウゥ〜」「ウ〜」と
唸りまくったが
酔っ払いに襲撃の機会を狙ってたというよりも
自分の中で「犬としての野生の血」を
どうにか抑えつけようと
頑張ったという感じだった。
酔っ払い客はわりーわりーと謝っていたが
彼に伝わったのかどうか。
最後には、まあ、許してやるよ・・
そんな気だるさで
首を戻すとそのまま寝てしまった。
自分も思わず、鼻の頭を撫でてやったものである。
かといって、彼がフ抜けな犬
だったわけではない。
これも自分が近所を歩いていた時に
出くわした光景。どこかのオバハンが
小型犬を散歩させていた。
そこへ近所パトロール中の
彼がそいつに出くわした。
弱い犬ほどよく吠える。
飼い主がいればなおさらだ。
ギャンギャン吠えるそいつを
はじめは無視して通り過ぎようとしていたが
嵩にかかって吠えるそいつに
いい加減うんざりしたのか
ジロッといちべつ。
とたんにその小型犬は静かになった。
一緒にいたオバハンまでが”おろおろ”
していたのには笑えたけれど。
また、別の日にやはり近所の公園で。
彼と同じ大きさの野良犬が一匹
うろうろしていて、ケンカになりかけた。
しばらく唸り合ったあと、相手は
しっぽを巻いて逃げだしたわけだが
にらみあい終了後、PONは
彼を讃えるべく彼の名前を呼んだ。
明らかに、自分の声は聞こえていたはずだが
彼はさっと逃げてしまった。
「ちッ まずいところを見られた」とばかり。
さらに別の日。
今度はメス犬と思われる野犬?と
ごあいさつしているときに行き会ったのだが
その時、自分は完璧にムシされた。
(あちこちに恋人犬がいたようだ)
そんな後、自分と店で再会すると、
彼は真っ先に私のところに寄ってきて
静かにしっぽを振ってくるのだ。
「この間は、ムシして悪かったな」
というかのように。
犬には犬の世界があり
彼は完璧にそれを使い分けしていた。
そんな彼が居なくなってずいぶん経つ。
最近あんまり姿を見ないなあと
思っていた頃、飼い主から
彼の胸部にプリンのような形の腫瘍ができ
誰が来ても姿を見せなくなった、
めっきり元気がなくなった、
外に出ようとしない、と聞かされたのだ。
ちょうどその頃
彼の住む家へ酒配達に行った。
玄関から3メートル程の廊下の奥には
居間があってそこにコタツがある。
自分の声を聞きつけたからか
嬉しいことに彼はコタツの中から
ムクリと顔を出したのだ。
相変わらず無口で、じっとこっちを見ると
鼻先をちょっとだけ上にあげると
またコタツにもぐってしまった。
それが最後。
最後まで立派なやつだった。
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