2007年12月13日

弁当屋の思い出

弁当屋で働いていたのは
正味1年間だったけど結構楽しかった。
女の子のバイトが圧倒的に多かったしw
弁当屋において、野郎のバイトは珍しがられ
PONはいろんなところで重宝がられた。
ガタイがよくって、男で、移動ができて
なにより政治的中立であったからである。

弁当屋では冷凍食材を1日おきに
大量搬入する。そのたびに冷凍庫内を
入荷順に並べ替えしなければならない。
冷凍された肉に、生米だって重いし
弁当屋は割と重労働が多いのだ。
更に弁当の空容器やその他もろもろは
高いところにしまってある。
今思うと、搬入日の度に
PONは「いいように」使われてきたワケで。

PONのバイトしていた弁当屋は
世田谷を中心に展開していたところ。
各店舗には店舗開設以来、働いている
そこのヌシ
(店長というよりもヌシがふさわしい・・)
な主婦がいて、各人とも確かに仕事は
できるのだが、各店舗を自分のやりやすいように
カスタマイズ、自分が決めた仕事手順以外は
絶対に受け入れない。
しかもなぜか電車移動は論外の
ジモト絶対主義なヌシばかりだったため、
どうしてもローテーションがやりくりつかない
店舗では常にPONにお呼びがかかった。
(時給830円の自分がタクシーで
 現場に向かったことも結構ある)

先ほど「政治的中立」と書いたが
女ってヤツは・・とか
言いたくないけれども
女性の多い職場はやっぱ、それ相応に
政治的しがらみが存在するもの。
「知ってる?あの奥さんは実は・・」
「あのバカ女子大生は遊び歩いてちっとも
 シフトに入らない・・」等々
とにかく、各店舗のヌシ
嫌われたらロクな事がない。

でも、そこは怖いものを知らない大学生。
しかも男性であるし、各店舗のヌシの方々も
扱い方に戸惑った面もあったかと思われる。
自分は比較的、スイスイと弁当屋を泳いでいた。

まあ、自分が各店舗に行く頻度も
1か月に1〜2回だし、互いの素性を知る
余裕もないまま、昼時のバトルに突入
時間が過ぎればハイさようなら、
では基本的にケンカも起きようがないけれど。

「はは、そりゃ大変でしたね」と
仕事をこなしながら「かわす」という
処世術を覚えたPONだったが、
ヌシどもの数々の言葉を
ただ黙って聞いている
PONも「了解」していると捉えられ
それがそのうち
「・・とPONさんも言ってた」
という流言につながる怖さも知った。

けど、やはりそこは人ぞれぞれで、
いい主婦の方も結構いた。
朝飯を毎度食べてこないPONのために
おにぎり作って待っていてくれたり
(職場のあまりものご飯だけど)

当時の弁当屋は昼のバトルのためのみ
存在していると言っても過言ではない。
午後1時以降の暇な時間
アイドルと呼んでいた)は
ほとんど明日の戦場へ向けた準備。
キャベツ千切り、肉を90g毎に丸める・・

こまごまとやることも多く、
はっきりってメンドクサイ。
もしそれをやらないと、
自分は困らないけれど
次の日の昼の戦場に立つ誰かが
めちゃめちゃ困るっつーか多分死ぬw。
(最前線で、さてッと銃を構えたら、
 まったく銃弾が用意されていなかったような)

でもこの前日用意って奴をやらねーで
帰ってしまうバイトの何と多かったことか。
消費はできるのだよ。誰でも。

自分はおだてられたら
結構ノッテしまうタイプなので
「PON君が入った次の日は安心ねぇ」と
複数のヌシから、たまたま同時に
そんなお言葉をちょうだいしたことがあり、
また、そんなひとことが
結構励みになっていた気もする。

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ラベル:バイト 弁当屋
posted by PON at 21:00| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 想ひ出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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