2008年07月03日

ソボクな疑問

本日7/3は「インパール作戦」終了記念日。

めちゃめちゃ素朴な疑問を書きたいと思います。

軍隊の話。
不要な人は、すみません。ココから退出してください。

「大本営」「牟田口」「参謀本部」という、バカの
3乗が華麗に歴史デビューをした「インパール作戦」。
第二次世界大戦中、日本軍が東南アジアで行った作戦で
ボロ負けした作戦のことです。

「おいおい、俺ら強いジャンよ〜。
 マジ、ビルマ占領してインド(当時は英国領)まで
 行っちまったら、ごめん、マジごめん!」と

牟田口(むたぐち)中将、率いる第15軍が、ビルマ奥地を
西へ西へと攻め入ることにした作戦。
軍は地図の上では順調に攻め入ることができると
判断したけど、実際は、山あり谷あり、深い河もあり。
しかも携帯食糧も数えるほど。んで「牛」が同行だって。
牟田口しれーかんは得意げに「ジンギスカン作戦」と
名付けたんだとか。
荷物は牛の背中に乗せて、兵の負担は軽く。
お腹がすいたら牛一頭屠って、牛肉鍋パーティー!と
ホンキで考えたそうです。コイツわ。

雨期だったんで、ロクに調べもせず渡った河は
増水中。んで作戦開始早々、8割方の牛は溺死。
牛歩戦術って国会で言われるくらい、実際に
牛の歩みは遅く、移動の速さが最も問われる
軍事行動に合うわけがない。

満州事変以降の旧日本軍の行動はこんなのばっか。

そうそう、それでギモン。
補給が無くて負けたっていうけれども、輸送機に「米」
とか「弾薬」とかを、困っている地域へ空中投下するって
ことは出来なかったのだろうか?

・日本の制空権が確保できていなかった?
・日本軍の輸送機の足が短くって作戦地域まで
 届かなかった?
・輸送機の数が圧倒的に少なかった?
・当時の輸送機が運べる物資の量なんか高が知れていた?
・そもそも用意できる食糧や弾丸そのものが
 手元に無かった?

所詮、何やっても焼け石に水だったのか?

一方、ビルマを防衛する側のイギリス軍はグライダー
で防衛師団のゆく先々にに物資をばらまき
、ビルマ
防衛隊の行動はスムースに行われたそうだ。

→ここまで書いて調べてみたところ、やっぱ
 英軍に制空権を完全に奪われていたらしい。
 加藤隼戦闘隊の加藤隊長も戦死しているような状況。
 戦闘機などによる物資落下程度(高が知れている)
 は行われることもあったらしいけど。

ジンギスカン=牟田口なんかが中将やれるんだから。
何やっても負けるわな。
心情的には純粋に悔しいけれども、負けて
よかったんだと思う。もし、あんな調子でも
世界に勝っていたら、その後の日本は、
世界というかこの世を嘗めきって、今以上に
ロクでもない社会が待っていたように思う。
という自己完結。



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posted by PON at 21:00| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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