2008年08月20日

無償の愛

茶道、華道、柔道、剣道、鉄道など道もいろいろ
ありますが、いきなりの「衆道(しゅどう)
戦国マニアにはおなじみ
そう、いわゆる「男色」「ホモっ気」
つまりは同性愛(少年愛)ってヤツですよ。

「戦国マニアにおなじみ」と書けば、戦国マニアは
みな、その道の人?と誤解されそうですけど

初めに言っときますが・・違います! たぶん。

日本という国はこと「性」に関しては非常に
おおらかな国だったようです。昔は。
ただし「衆道」が一般的だったのは武士階級などの
支配階級のお話。さすがに農民層には「衆道」は、
あんまり無かったようですね。
(「あんまり」としたのは、個人的な「好み」って奴は
 今も昔も存在すると思うからであります)

農民出の「豊臣秀吉」には、まったく「ホモっ気」は
ありませんでした。しかしながら無類の好色家で、
しかも高貴な出の女性が大好きだったといいます。
成り上がりの典型。今の日本でいえばベンチャーで
めちゃめちゃ金を儲けた人間が、6本木ヒルズクラブで
次々とアイドルをモノにするようなものでしょう。
昔、手が出なかった存在を自分のモノ?にすることに
喜びを感じる手合いなんですね。
合法的かつ双方で合意形成が成されているんであれば
私がとやかく言う筋合いではありませんケド。

・・話がそれましたが「衆道」。
「小姓」と言われ、部下のなかでもエリート武家から
その子弟を「秘書」兼「幹部候補生」兼「SP」兼
「身の回りの世話」兼「夜の相手」として周辺に
侍らせたようです。むろん、美男子でなければいけませんが
今の基準と「美意識」が違ったと思いますので
セレクト基準まで不明。

これには、いよいよとなったら自分の命を預けることの
できる部下を家内に成育しておく、という意味合いも
あったようです。自分が殺されそうな時、計算抜きに
して命を投げ出し救いにくる部下がいる。

それができるとしたら、
無償の「愛」を持った奴だけですよ。
いわゆる腐女子が大好きな、やおいワールドって奴は
戦国時代には存在したんですね。
(ちなみに・・全部の武将がそうだってわけでは
 ありませんので)

有名なところでは、甲斐の虎「武田信玄」と
家中で副将格だった名将「高坂昌信」
「織田信長」と「前田利家」
おなじく「信長」と「森蘭丸」などが
挙げられます。

武田信玄と高坂昌信なんか、ラブレター!まで
残っているらしいです。詳しい内容は忘れましたが
高坂昌信が
最近、自分に冷たいんじゃない?(ぷんすか)」
となじる文に対して、信玄が
「そんなことないよ僕にはキミだけだよ」
とかなんとか、そんな文がマジ現存するらしく。
うああ、プライバシーゼロだな。
戦国武将。ペンは剣よりも強し?

織田信長なんかもっと開けっぴろげで、
だいぶ偉くなった後のこと、正月の宴会なんかの
織田家の重鎮がずらっと居並ぶ際に
昔は犬千代(前田利家の幼名)の
 唇をさんざん吸ったものだ・・
」と公言。
それを聞いた一同が、ドン引きどころか大いに
羨ましがったってんだから、(さすがに利家は
照れたようですが)「衆道」がごく一般的であった
ことが分かります。自分はあんまり想像したくない
ですけどね。

「釣りバカ日誌」は、トップとヒラが共通の趣味「釣り」
でつながっている、ある意味勤め人の「夢」物語ですが、
失敗=さらし首にもなる戦国時代、
自分が君主のかつての「愛人」だったって経歴は、
これは強かったでしょうなねぇ。

今と違って、通信手段なんてロクない世の中です。
例えば、最悪、自分を滅ぼすことのできるくらいの
武力を一時的にせよ預けることができる部下、
「奴は絶対俺を裏切らないハズ」・・とそう思える
部下を確保するに、いちばん手っ取り早いのは、
性的に支配することなのかも知れません。
ヒトとして正しいかどうかはともかく。

そんな意味で、ワルイ男が下半身で女性を管理して
食い物にするって手法は、古典的でありながら
理にかなっているわけです。
ヒトとして正しいかどうかはともかく。

ちなみに、徳川家康にはまったく「その気」はなかった
ようです。自分が美男子とは言い難かったからかな?
っつーかどちらかというと彼は「熟女」好みだった
ようです。以上は非常に極めてどうでもいい情報でした。

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posted by PON at 21:00| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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