2008年09月03日

「手紙」東野圭吾

「おまえ、ジョンレノンの「イマジン」を
 歌っただろ。ちゃんと想像してみろよ。
 差別や偏見のない世界をさ」

あらすぢ
内容(「BOOK」データベースより)
強盗殺人の罪で服役中の兄、剛志。弟・直貴のもとには、
獄中から月に一度、手紙が届く…。しかし、進学、恋愛、
就職と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、
「強盗殺人犯の弟」という運命が立ちはだかる
苛酷な現実。人の絆とは何か。いつか罪は償えるの
だろうか。犯罪加害者の家族を真正面から描き切り、
感動を呼んだ不朽の名作。

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読みごたえあった。

平野社長の出現が凄い。このヒト、
主人公がやっと就職した家電量販店の社長。
いわゆる、たたき上げの爺さんなのだが、
この爺さんのひとことひとこと、こそは
作者が、主人公を通して読者に提起したい問題に
違いない。
主人公がぶつかる、そもそもの”根源”について
社長は痛烈に問いかける。
時代劇小説だったらボロ寺の住職あたりがしそうな
役回り。社長かっこいいぜ。
ああいうジジイになりたいもんだ。

<以下ネタバレ近い>

「これまでにも君は、(社会の)不当な扱いに
 苦しんだだろう?
 差別に対して怒りもしたはずだ。」
「ありました。いろいろと・・」
「差別はね、当然なんだよ
平野社長は静かに言った。

 ―差別を正当化する意見を直喜は初めて聞いた。
自分の現在の苦境は、兄貴が犯した罪に対する
刑の一部なのだ。犯罪者は自分の家族の社会性も
殺す覚悟を持たねば
ならない。そのことを
示すためにも差別は必要なのだ。これまで俺は
自分が白い目で見られるのは周囲が未熟だからだと
勝手に決めかかっているところがあった・・。

そうだ。差別はなくならない。
すべてはここから・・。

普通の小説だったら、ここで終わってもいい。
まあ、順当な結論だと思っていた。
ところが、この小説はそうはならない。
加害者を身内に持ち、社会的に常に被害者側であった
主人公とその一家に、これまた”ある事件”が発生。
彼らが被害者側に転じた時、話が急変する。

再び登場。平野社長。
「逃げずに正直に生きていれば、差別されながらも
 自ずと道は拓けてゆく。若い君たちらしい考え方だ
 ―しかし」
「正々堂々が君たちのキーワードのようだから
 敢えて言わせてもらうよ。いついかなる時も
 正々堂々ととしている、というのが君たちに
 とっての本当に苦渋の決断なんだろうか?」

平野社長は、主人公夫婦の「差別する社会」へ
姿勢、対処法が、まだまだ甘いと言ったのだ。
差別の直接の原因は主人公達にはないにしても
「逃げずに正直に生きていれば、差別されながらも
 自ずと道は拓けてゆく」
という、一見、正しそうにみえる姿勢すら、
実は殺された被害者の遺族からすれば罪を許す
理由にはならない
のだと。
それくらい、殺人って奴は
簡単に許されるもんじゃないんだ、と。

では、どうすればいいのか?
「自分から気がついて、
 自分で決断しなければ意味がない」と
平野社長は主人公に答えを教えてくれなかった。

が、ある事件により、主人公は社長が言いたかった
ことをはっきりと理解し、実行することになる。
それが何なのか明らかになるシーンは圧巻。



違うよ兄貴。
 手紙がなければ苦しむこともなかったろうが
 道を模索することも無かった・・」

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これもネタばれ


posted by PON at 21:00| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(ミステリ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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