2009年08月10日

戦国時代の人達って

「戦国時代の人達って」

戦国時代の人達って、かなり元気な人達
ばかりだったんじゃないかと思う。

雪まだ残る新潟を出発、水上を抜けて
小田原まで攻めていったり・・
関ヶ原なんか、東京〜名古屋まで歩いていって
それから喧嘩するのである。

・・少なくとも俺には無理。

かの有名な豊臣秀吉軍に所属していたりしたら
さっきまで岡山にいたにもかかわらず、
徒歩(基本ダッシュ)で6日後には山崎
(京都〜大阪の間)に移動。
到着早々、殺し合いをせねばならない。

神速の軍事行動、「秀吉の中国大返し」とか言われる。

一応、移動は駆け足だったと言うが・・全区間
というのは、さすがにそれはどうだったのだろうw

ただ、仮にも「軍事行動」ではあるので、少なくとも
東京やホノルルマラソンに参加する芸能人、
もしくは24時間TVのあざといチャリティーマラソン
なんかよりは、早いペースの移動が望まれたん
じゃないだろうか。

伝説?では、上級武士は馬に乗ってるとはいえ、
連続騎乗では、本人もさることながら馬がダメに
なってしまうため、途中の姫路城やらには
先回りした家臣団が確保した、別の馬に乗り換える。
(当時の馬は、今以上に消耗品だったとか)

徒歩の足軽達は、夜通し走らせるため、街道には
かがり火を焚き、道にはコモを敷いて走りやすく、
また各地途中にはマラソンでいう中継地点を設置。
オニギリや水がすぐ入手できるようになっていたらしい。

それにしても1週間で1万6千人の軍勢が、備中(岡山)
から京都まで移動するというのは、これは当時からしたら
鬼神の策だったに違いない。

そういう思い付きを、即実行に移せる資金力を持ち、
さらに行動力を持つ支援部門の「家臣団」が
秀吉軍にあったからこそ強かったのだろう。

豊臣軍団は、柴田勝家と戦った「賤ヶ岳の戦い」でも
大返しを敢行したと言われている。
兵も仕事も「拙速を尊ぶ」のですなあ。

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posted by PON at 21:00| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする