「ヘンね。超能力っていうとなんで
スプーン曲げなのかしら。・・スプーンなんて
いくら曲げたってなんにもならないじゃない?」
「宮部みゆきってヤベーよ」
十年前にPONなんかよりよほど読書家の
友人が騒いでいたことがあったけれど
今になると彼が騒いでいた理由が解かる。
なにがそんなに「ヤベー」のか?
仮にも読書家なら、もう少しマトモな
日本語をつかって説明してみろよと
当時のPONは言ったものだが
「・・読んでみなければわからんよ」
と一蹴されてしまったことを思い出す。
<あらすぢ>
嵐の晩だった。雑誌記者の高坂昭吾は、車で東京に向かう
道すがら、道端で自転車をパンクさせ、立ち往生していた
少年を拾った。何となく不思議なところがあるその少年、
稲村慎司は言った。「僕は超常能力者なんだ」。
その言葉を証明するかのように、二人が走行中に遭遇した
死亡事故の真相を語り始めた。それが全ての始まりだったのだ
…宮部みゆきのブロックバスター待望の文庫化。
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「現実と非現実、合理と非合理は、それとよく似た形で
共存している。永遠に交わることのない二本のレールだ。・・
合理のレールに傾きすぎれば冷血漢になり、
非合理のレールだけで走ろうとすれば狂信者と呼ばれる・・」
面白かった。お勧め。
ひとことで言えば「超能力者」の話なんだけどね。
話の展開が、主人公と少年が出会う、
前半の「マンホール」事件と
後半の「主人公脅迫とその一連の」事件に分かれる。
その両方の謎解きに読者はテンポ良く振り回される。
宮部みゆきさんは、その性格からか、事件の
理由と裏事情を、適度にじらせながらも必ず
種明かししてくれる(しかもわかり易く)ので
その辺は安心して小説に浸っていただいてかまわない。
とにかく次が読みたくなること請け合いだ。
小説は、犯人が誰なのかという軸に加えて
誰が嘘をついているのか?
敵なのか味方なのか?
そもそも超能力なんて存在するのか?
なんて疑惑が交錯して進む。
「ときどき人は致命的に無責任になる。
悪意があってやったことならまだいいが」
「人間はな、大人は、自分が知らないうちに
悪いことをしたと気づいたとき
すぐに「スミマセン」と言えるほど単純じゃないんだ」
主人公というか狂言回しの「高坂昭吾」も
オトナとしてのキャリアをみせる。
その高坂の同僚記者で百戦錬磨の生駒氏もカッコいい。
硬軟あわせ持つ考えのできる大人だ。
「おまえは元彼女にえらく自尊心を傷つけられているからな。
傷ついたプライドを取り返したいばっかりに、人に惚れるー
惚れ続けるってことはある。敗者復活戦を狙うわけだ・・」
超能力者にはなれずともよいので、願わくば
こういうオトナになりたいものです。
自らはいわゆるオールドタイプ(一般人)でありながら
知力と経験に裏打ちされた洞察力で、主人公に
的確なアドバイスをする。この小説世界に
ニュータイプ(超能力者)が居なかったら
彼こそが、もっとも真相に近づくことのできる
人間だったろう。近づくことはできても完全解明は
できなかっただろうけど。
でも、実社会においてもたいていの人間は
わずかな手がかり、表面上の事象をもとに、
そして少しの考えだけで判断、行動するしかなく
ほとんど何もわからないまま、後始末に生きる
しかないのが本当のところ。
「俺は無神論者だよ。でも世の中がよくできた何か
によって辛うじて回っているくらいは理解しているー」
「超能力なんて存在しない。あれは大人の夢だよ。
だけど子供はときどき茶目っ気をだして、
それをかなえてくれようとするときがある・・」
「過去に小細工は効かない。これは絶対だ」
小田原で隠居している元刑事。もう少し活躍するかと
思ったが、本人が話中で話していた姿勢のとおり
もう隠居したので結局アドバイザーどまり。しかも事後
で終わってしまったのにはちょっと残念。
この小説が「稲村慎司」を中心にシリーズ物と化したら
元刑事は良い後見人として結構話が展開しそう。
慎司はまだ若いから、この小説ではあまり
いい所がなかったけれど、織田直也が持つことができなかった
生きる前向きさを武器にして、今後も経験を重ねてゆけば
無敵のトラブルバスターになれそう。
っつーかこの小説では彼は真の主役ではなかった。
【少々ネタばれ】
主人公がヒロイン(三村七恵)と一緒になってしまう
ところと、○○がその能力をもってマンホール事件の
犯人を利用、事件の収拾にあたるあたりは、少々
無理矢理な感じもしたけれど。
「織田直也」の過去には明け透けな馬鹿ギャルが
出てくるが、明け透けなだけに能力者にはかえって
安心できる(脳みそツルツルで裏表がまったくないから)
存在という逆説は面白いものがあった。
「龍は眠る」っていったい何が「龍」なのか
最後の方になって突然判明するが、この小説のカラーには
(どんなカラーなのかといわれても困るが)
「龍」の文字はちょっとそぐわない感じも。
最後に、主人公を振り回したスーパー自己中な
元婚約者「青写真・小枝子」。
たしかに己の理想だけが中心のお嬢様で非常に
厭な奴ではあるが、あまりといえばあんまりな
ぞんざいな扱い。一応、被害者で妊婦なのですよ?
彼女のことがそんなに嫌いなのか?作者さんは(笑)
俺も厭だけど。そばに居たら。でも実際に居そうで怖い。
世の中、起こってからでないと他人に理解されないことの
なんと多いことか・・。
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ところでブロックバスターって何かしら。
ブロックバスター【blockbuster】
1.新聞・雑誌・放送などのマスメディアを動員し
集中的に展開する大がかりな広告戦略。
2.巨額の宣伝費を投入して、意図的に超ベストセラーを
つくり出すやり方のこと。
3.巨額な製作費・宣伝費を投入した野心的な超大作映画。
◆原義は、1個で1街区全体を破壊するような大型爆弾の
ことで、転じて、圧倒的な印象や影響力を与えるものを
さす。
多分、原義の「圧倒的な印象や影響力を与えるもの」
ことなんだろうね。
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プロに向かって失礼な言い草だけれど
とても唸った表現。
「何の遮蔽物もない灰色のコンクリートの地面に、
背中に救急病棟の明かりを背負い、痩せた影を案内人のように
体の前に落としてゆっくり歩いてゆくのが見えた」
「沈黙が落ちた。居座ったきり
なかなか立ち去ろうとしないようなそんな沈黙」
こういう表現が、宮部みゆき作品を単なる
青少年向けラノべではなく、大人向けラノべとして
成立させているように思えた。