2009年10月19日

パクル力、技術力 その2

「パクル力、技術力 その2」

<前回のお話>
技術の無い国は、技術のある国が作った製品
(多くは民生品)をまず真っ先に購入、少々
技術に覚えのあるエンジニアが分解、解析して
コピー品を作る。

「大きな搭載量の戦闘機を作りたいなら
 今の戦闘機をそのまま大きくしたらいい!」

これを実行してしまった中国でした。

・・で何かと騒がれる北朝鮮の
「宇宙開発ロケット型ミサイル」テポ丼2。
あれも、もともとはソ連が開発した
「スカッドB」という本来、小さかったミサイル
をそのまま上へ拡大設計して、燃料をたくさん
詰め込んだもの。

そういった地道な努力の積み重ねが、やがて
民生品へも展開、理屈は知らんが使い方だけは
解かる我々などでも、それほど気兼ねなくクルマを
購入できたりするわけですなぁ。

「国力=技術力」なわけでつよ。

日本でもPONの印象に残るハナシがあります。
ちょっと時代は遡りますが・・
「種子島」、島の名前であると同時に、
鉄砲のことですな。ご存知の通り、種子島に
漂着したポルトガル人が、ご飯を食べるために
地元の領主に鉄砲を高値で売りつけたのが
日本への鉄砲伝来であります(1543年)。
鉄砲を入手した領主は、地元の刀鍛冶に命じて
早速コピー品の製造を命令したそうな。

日本には昔から刀鍛冶があったので鉄の加工技術
には優れており、鉄板を重ねて丸めて筒ッぽ作り
部品つけてハイ完成。ところまでは結構、簡単に
コピー出来た様子。ところが外国製と違い
メードインジャパンは何発か撃つと壊れてしまう。

当時の銃は先込め式(銃口から火薬と丸い弾丸を
つめる)で、筒の反対側に火縄で引火。火薬が
バクハツして弾が発射されてました。
筒の一方は銃口、その逆側は溶接して「フタ」して
いたところ、その「フタ」が数度の火薬の爆発に
耐えられず、どんなに厳重に溶接しても取れて
しまう。

技術の壁にぶち当たった鍛冶屋はどうしたか。
自分の娘を、ポルトガル人のカピタン(船長)に
献上
、そのノウハウを聞き出したらしいです。

自分の娘が異国人の愛人、嫌な言い方ならば
慰み者にされてしまう訳ですよ。
そんな行為を前時代的蛮行と見るか、
エンジニアの負けじ魂を見るか・・。

そこまでして知りたかった秘密は簡単でした。
答えは「ネジ

当時の日本には「ネジ」という概念そのものが
無かったらしい。オリジナル鉄砲では、筒の一方
に、まずネジをねじ込み、それを溶接してフタ
していたのです。

ともかく、その娘の犠牲があって
鉄砲の国産化には成功、それは長篠の合戦へと
つながる訳で。

戦国最盛期に当時の日本の保有する鉄砲の数は
当時のヨーロッパが保有するオリジナル鉄砲数を
軽く上回っていたそうで。鉄砲伝来からたった
30年で。宣教師も恐れたろうな。ほんとコワイ国。

・・でも最近の日本はどうだろ。
貪欲さという意味では、特定アジアの方々をはじめ
インドなどにも負けている。あらゆる面で。
もはやお腹空いてないからなぁ。

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posted by PON at 21:00| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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