2013年03月28日

ヒトラーの軍艦自沈の真相

「ヒトラーの軍艦自沈の真相」
ナショナルジオグラフィックより。


あらすぢっつーか内容
当時の最新技術を用いて造られた
「ポケット戦艦」自沈の真実が明らかに。

1939年後半、ウルグアイ沖。ヒトラーが当時の
最新技術を盛り込んで造らせた軍艦で、
“ポケット戦艦”と呼ばれた
アドミラル・グラフ・シュペーは、イギリス海軍
の奇襲を受け、艦長ハンス・ラングスドルフの
手で爆破させられた。彼はその後、自殺している。
このドキュメンタリーでは軍艦の破壊に至る
までの経緯を追う。
詳細な再現映像、第三帝国が秘密裏に保管
していた作戦の記録から再構成したCG映像、
そして海軍の研究者による驚くべき発見の
数々により、軍艦自沈の真相が明らかになる。

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アドミラル・シュペーという
ドイツの(ポケット)戦艦が
いかにして自沈という道を選んだか?

<以下Wiki先生>
 本級は当初の陸戦の支援という建造構想とは異なり、
 第二次世界大戦では英国と植民地とを結ぶ
 広大な公海で、その長大な航続力を利用して、
 あらかじめ展開された補助巡洋艦や補給艦と共に
 通商破壊作戦に従事した。
 グラーフ・シュペーは開戦直後にイギリス海軍の追跡を
 受けて、ラプラタ沖海戦で損害を被り、修理のため
 中立国であったウルグアイのモンテビデオ港に
 入港したが、英軍の情報操作および前述の
 燃料系統損傷により離脱不能と判断、自沈を選んだ。

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国力と当時の軍縮条約の影響から
「ポケット戦艦」と揶揄される
中途半端な戦艦を世に送り出してしまった
ドイツ海軍。しかし中途半端なりの使い方を考えました。

基本は戦艦なんで巡洋艦や駆逐艦より強い。
それでいて戦艦より軽装甲なので
敵戦艦から逃げ回るスピードを持つ。

そんな「ポケット戦艦」が
自国の柔らかい横っ腹(自国の輸送船が航行する海域)
で、自由に動き回っていたらどうだろうか?

ヒトラーの命令で、この「ポケット戦艦」は
大西洋嫌がらせ(通商破壊)の旅に出る。
ここで「ポケット戦艦」は大活躍。
アメリカからの輸入物資満載のイギリス商船が
とってもたくさん沈められ、
その都度「ポケット戦艦」は
どこかの港へ逃げるという、戦艦のゲリラ戦。
ロイヤルネイビー(英海軍)形無しである。

巡洋艦より強いかも知れんが
その巡洋艦が3隻集まれば、
さすがの「ポケット戦艦」も海の底だろう、とか
英海軍は考えたのか、
手元の巡洋艦3隻に「ポケット戦艦」の
捕捉と破壊を命令した。
んで、起こった戦いが「ラプラタ沖海戦」

結果、「ポケット戦艦」アドミラルシュペーは
見た目はたいした損害もなく戦場を離脱。
艦長判断で中立国ウルグアイの港へ逃げる。

ウルグアイはイギリスの影響力の強い国で
決して居心地がいいわけではありません。
またドイツ本国のボス(ヒトラー)からも、
そんなに酷い傷じゃないんだろーが!?
 はよ帰って来い
」と帰国命令。
あわれ、「ポケット戦艦」は満足に修理も
できぬまま、3隻のイギリス艦が
待っていると思われる、
港の外へ出てゆくことになってしまった。

艦長のラングスドルフ大佐は
ナチズムじゃなくプロテスタント信者で
勝ち目の無い戦いで、武人として
「華と散ろう」なんて思考はまったく無い。

乗組員を脱出させ、アドミラルシュペーを
港外で自沈、艦長は責任を取って
アルゼンチンで艦旗を身にまとって
ピストル自殺した。
この様子は世界に向けラジオで
実況されたようで、

ドイツ国内でも艦長の行動は
「まだ戦えんだろうが!」
「使えねー艦長」
「ゲルマン魂あんのか?」
「キン×マついてんのか?」
とかなんとか、散々クレームがあった模様。
もちろん、持ち主のヒトラー氏も同様である。

いつの時代も、現場以外の人は好き勝手言う。

アドミラル・シュペーが軽傷なのに
自沈の道を選んだ理由について、
歴史家はいろいろ取りざたしてきたし
艦長の遺族も肩身の狭い思いをしてきたようだ。

番組によると、アドミラル・シュペーが
軽傷なのは、見た目だけであって
実は再起不能な重傷だったようだ。

アドミラル・シュペーを動かすディーゼル燃料は
常温だとネトネトで、エンジンに使えない。
なもんで、まず温めてエンジンへ送るという
システムだった。
ところが、燃料を暖めるためのパイプが一部
装甲外のところに露出した設計となっており
先の海戦では、運悪くもエゲレス艦隊の弾が
そこに当たってしまったらしい。
つまりは設計ミス。

そうなると、いくらドロドロ燃料が半分以上
船体に残っていたところで、もはやサラサラには
できないので戦えないし本国にも帰れない。

でも、この弱点は当時重大な「軍事機密」だったのです。

理由(状況)を周囲に告げることができない
艦長に残された道とは、
乗員を陸に帰して船は自沈。
自殺するしか道が残っていなかったわけだ。

戦争はいつも悲しいね。

艦長の子孫がコメントを出しており
あの優しかった祖父が・・とか言葉を詰まらせ
番組でもその名誉回復に努めておりました。

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<Wiki先生より>
2006年2月にはアドミラル・グラーフ・シュペーの
艦尾を飾った、ハーケンクロイツを掴む羽を広げた
鷲をかたどった、重さ 400kg の主権紋章が
引き揚げられた。この鷲章はおよそ 2m の大きさで、
羽を広げた長さは 2.8m に達する。これは数十万ドルの
値打ちがあると見積もられている。2006年8月、
民間の引き揚げ会社がウルグアイ政府の意に
反してこのナチのシンボルを販売する意志を
発表した時、大きな論争を引き起こした。
ネオナチ・グループはこれに関心を示し、ある者は
3百万ドルで購入する準備があると表明していると・・

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以降、海底の遺産(タイタニックなんかそう)は
むやみに引き上げない、引きあげたとしても
売らない。という国際的に取り決めがなされた
・・気もするが、どうだったっけ?




posted by PON at 21:00| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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