2008年08月07日

「美濃牛」殊能将之

殊能将之著 講談社文庫です。上司に借りました。
飛騨牛を偽装した『丸明』の事件がありましたが
あそこの元社長の世間を舐めきった記者会見と
結局逃げ切ったしたたかさには感心します。
ちょうど、この本を読んでいたときに騒がれたんで。
そういった意味では、たいむりー。

「―あの逆説の村」

「最初の殺人をごまかすために、関係ない
 殺人を犯すって?そんな馬鹿がいるかよ。
 一人殺しても二人殺しても同じ、なんてのは
 言葉の綾だよ。刑罰も重くなって発覚する
 危険が増すだけじゃねーか」
(意訳)

いわゆる「悪魔の手毬唄」「獄門島」とか
「鵺の鳴く夜は恐ろしい」とか
「悪魔が来たりて笛を吹く」とか、角川のせいで
いくらでも書けてしまうPONの世代ですw

無知蒙昧な村の衆、名家、民承のわらべ唄、財宝、
からくり、何か隠している婆さん、洞窟、主人公に
協力的な若い女性、近親相姦、そして無意味に派手な
殺され方をする被害者、と要するにまあ、その手の
和風ホラーが大好きな方が、オマージュ、パロディ、
もしくは俺もその手の作家になりたいのだ!
と書きあげてしまったような作品。

この小説のキーワードは「牛」「泉」「俳句」。
はじめに書いておくけれど「美濃牛(みのうし)」とは
クレタ島の迷宮の王「ミノタウロス」にかけている。
この題だけ見ても、ああその流れかと急速に興味を失う
人もいそうだ。題名で損している。

あらすぢ
探偵小説のDNAが息づく傑作長編!

病を癒す力を持つ「奇跡の泉」があるという
亀恩洞(きおんどう)は、別名を〈鬼隠れの穴〉と
いい、高賀童子(こうがどうじ)という牛鬼が棲むと
伝えられていた。運命の夜、その鍾乳洞前で発見された
無惨な遺体は、やがて起こる惨劇の始まりに
過ぎなかった。古今東西の物語の意匠と作家への
オマージュが散りばめられた、精密で豊潤な
傑作推理小説。

************************

蟹面の「出羽」という男が出てくる。この男が最初は
カギを握っているのかと、じっくりと読みこんでみた。
その期待?はいい意味で裏切られたけれども、いいキャラに
出会うことができたと思う。この地方出身の元不良で
名古屋でチンピラをやり、一通り闇社会を見てきた末に
帰郷した人物。本来ならば、こんなキャラは村人から
恨みを買って殺されたり、殺したりする役回りでも良さそう
なのに、そうならなかったのは多分、作者の性格がいいから
だと思う。

*以下作品引用*******************

・人を人とも思わない目。顔色ひとつ変えずに相手を
 半殺しにできる目だ。アマチュアがプロにかなうわけ
 がない。出羽はかつて、いくら威勢が良く血気盛んでも、
 決してこういう目の持ち主とは喧嘩しなかった。
・青少年教育も実際、重労働だ。

「飛騨牛の輝かしい歴史は1981年に始まる。
 畜産業の低迷に悩んでいた岐阜県は、プロジェクト
 チームを編成、1000万円かけて一頭の種牛
(安福号)を購入した。安福号の遺伝子はすさまじく
 飛騨牛はブランドとなり、岐阜県に数十億もの利益を
 もたらした・・」

「岐阜県のどこでつくろうが、黒毛和牛なら飛騨牛や。
 肉質検査さえ通ればな。ABCは歩留まり、一頭から
 どれだけ肉が取れるかでAが最高。数字は肉質で5が
 最高。飛騨牛であるのはA5かB5に入ることが条件や」

「普通の和牛と飛騨牛では雲泥の差や。育てるのに1年多い
 3年かかるうえ飼料代が年間数十万かかる。大ばくち
 みたいなもんや。飛騨牛になり損ねた美濃地方の牛
 「美濃牛」や」 

*ここまで*******************

石動戯作(いするぎぎさく)という、なんでそこにいるの?
と、いつも場違いなところに現れ、皆が「不思議」に思いながらも
「変」には思わない自然体かつ飄々としたキャラが出てくる。
時に作者の意向を代弁すら行うような、こういったキャラ。
だいたい、話の終わりでは、極悪人として落ち着くか、何か
秘密使命を帯び目的意識を持って事件現場にやってきた人物で
あることが明らかになるか、だいたいいずれかであるものだ。
そしてそのいずれかであった。

彼の言動を見ていると、隆慶一郎先生の
「影武者徳川家康」に出てくる「風魔小太郎」を
思い出す。

文庫の厚みは3センチほど。作者がキャラに語らせる
音楽の趣味話や俳句の話など、作者の趣味に走りすぎている
ところ、なきにしもあらずだけども、特定分野について
ちょっと詳しくなれて、頭がよくなったように思える

例えば、詩篇や俳句を英訳することにキャラ達が
討論するシーンがある。

「菜の花や月は東に日は西に」蕪村

菜の花、つまりアブラナを英語では<レイプ>と
言うらしい。しかもスペルも強姦と同じ<RAPE>や。
「強姦や月は東に日は西に」と
なんとシュールレアリスティックな句だ!と欧米人は
思うらしい・・坪内稔典(としのり)氏出典

次がどんどん読みたくなる面白さと、妙に持って
回った書き方や、思わせぶりな伏線ってやつが
あまりない。平易な文章で書かれているので非常に
読みやすい。また話の合間に、作者が語りたい事も
さりげなく挿入されている。

*以下作品引用*******************

・ここではないどこかを求め、自分ではない誰かに
 なりたがる者は常に裏切られる。

・世の中には手間取っておいた方がいいこともある。
 情報化と効率化だけが正義やない

・生と死のあいだの宙ぶらりん、それが生きるという
 ことではないだろうか。だからといって死を超越する
 必要もない。

・根っからのワルというわけではないらしい。
 でもこういう奴が実は一番危ないんやと
 刑事は思った。ほんとうにその筋の団体に
 入るようなやつは、方向性は間違っているに
 しても自分に自信を持っているからつまらない
 ことで暴れたりしない。喧嘩慣れしていないから
 「キレた」とくだらない言い訳で平気で人を刺す・・

*ここまで*******************

「雷撃の恋」ってのもあるらしいけれども、それに
したってヒロインの恋の行方は、さすがに安易だった
気がする。だって主人公、最後まで居ただけ。
彼が一番オトクだったのでは?

「天瀬さん、人間にとって大事なことはふたつだけ
 なんですよ「考えること」と「愛すること」です・・」

面白かったんだけれど、読み終わって数年後に、内容を
思い出せるか(印象に残るものがあるか)と言うと
ちょっと??である。このあたり、一昔前のアカデミー出版
「超訳」シリーズに似ているかも。

「日常で気になる事はたくさんある。それが推理の出発点
 人は無意識であれ意味のない行動はしないものなのだ・・」



最後のページで、女優である池波志乃さんが、この小説の
解説を見事に書き記していること、それが一番ビックリした
ことかもしれない。

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名探偵「石動戯作」のデビュー作でした。

―正岡子規が底意地悪く批評した句
「亀の背にふみ書きつけてなき乳母の
 はなちし池よふか沢の池」

―「僕は不可知論者」

―「不自賛毀他戒」「富士山来たかい」

―「E=mc2 秋の暮」

―「これはわらべ唄に見立てた連続殺人では?」
 「そんなことしてどうするんです?」
 「だれもわらべ唄を満足に覚えていないと
  いうのに!」

―テセウスの右手法を使っても、洞窟で
 一番迷いやすい場所ってどこだと思います?
 ボルヘスの短編に「砂漠は究極の迷路」って
 のがあります・・

―「探偵さんよ、誰がどうやって殺したかは
  詳しいようだが、あんたには人の気持ちは
  分かんねえだろうな・・・」

 洞窟の奥地に、ミノタウロスを彷彿させる
 バケモノが悪さしているのでは?と結構
 期待していたんだけれども・・そうですか。
 そうきましたか。
posted by PON at 21:00| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(ミステリ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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