「夜想」 貫井徳郎(著)
あんだけ「バカ」なことをしでかした
オウム真理教(現アレフ)だけど
そもそもは中央線沿線にある
繁盛していた鍼灸院からスタートしたんだとか。
(治療士が麻原で心服した患者達が幹部に)
実は最近のPONなんですけど
「椎間板ヘルニア」と診断されてしまいまして
気持ち的に「手術」はいやだし、
これでも勤め人なんで、長期戦線離脱も致しかね・・
とにかく、妻が独身時代よりお世話になっている
鍼灸治療院へ駆け込み、助けを請いました。
なんかね、麻原のいた鍼灸院を核に
オウムを立ち上げた連中の気持ち、
ちょっとワカル気がした。
とにかく、痛さから逃れたい=救いを求める患者
(この場合、PONも含む)にとって
「治療院」の存在は、ほんと救い主だ。
なんといってもココの先生、聞き上手でね〜。
この「聞き上手」によって、患者の不安が
多少なりとも緩和され、それが回復に向わせてる
という線もアリだと思うし、
治療が引き出したジブンの自然治癒力の効だとしても
なんかもー全面的に先生を尊敬したくなる。
キャー、先生ついてゆきます〜てなモン。
そんな経験の最中に読んでしまった小説がコレ。
<
あらすぢ>
デビュー作であり出世作でもある『慟哭』から14年。
『夜想』は、作者自ら「『慟哭』の主題に改めて挑んだ」
と語る作品。『慟哭』は新興宗教を扱った衝撃的な
ミステリーでしたが、貫井さんは「オウム以後、
新興宗教をどう描くかをずっと考え続けてきた」
とのこと。本作に賭ける並々ならぬ気合いが窺える。
事故で妻と娘を喪い、絶望の中を惰性で生きている
主人公・雪籐(ゆきとう)。ひとりの女性に出会ったことで
動き始める彼の運命は……。ミステリーの手法を通じて
“絶望と救済”を描き続ける著者の、
畢生の傑作。
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ひとことで言うなら、新興宗教が立ち上がる
プロセスのシミュレーション小説。
話は、ホンモノの超能力(触るとその人の内面を
理解する)を持つ、可愛い女子大生が、
迷える主人公(雪籐)と出会うところから始まる。
「救われた」とおもった雪籐は、殺到する相談予約を
さばくため、予約受付係をかってでる。
それが後の組織「コフリット」になる。
「力」がホンモノだろうとカンチガイであろうと
関係ない。「力」で人々を救いたいと思う気持ち。
純粋に「人助け」を旗印に立ち上げた集団だ。
まだまだ小さくて組織とも呼べないようなコミューン、
コフリット。人を騙したり、ましてや金儲けなんて
これッポチも考えていない。
でも、組織が拡大すればするほど、多様の人間が集まり
本来のイロや存在意義が揺らいでゆくもの。
これは宗教に限らず、人の集団にはどこにもある
仕方のない現象。
街のパート職場における人間関係にありがちな
オバサン信者同士のカクシツ、つーか低レベルな喧嘩。
さわやかで妙に組織に尽くしてくれるイイ奴だなあと
思ってたら、実はナンパしやすい女性を漁れるから、と
テニサー代わりだった大学生。
ハナから神なぞ信じることなく
組織など金ヅルにしか思っていない宗教ゴロも寄ってくる。
闇世界に堕ちずに、表社会にいたら結構な経営者に
なりそうな、妙なパワーを持っているもの。
以前に、ビートたけし原作の映画
「教祖誕生」ってのを観た事があったんで
ボヤッキーみたいな、このオッサンの正体を
「宗教ゴロ」だ!志村〜うしろっ、と
心でつぶやいた自分がいる。
ほかにも、王国などにありがちな、
オレが一番、教祖と教義を知っているんだ!という
「オレが一番」という意識の張り合い。
つまり、王(教祖)の寵愛を一番受けることができるか?
競争ね。
信者たちは、私を救ってくれるのは、この人(教祖)だッと
勝手に決めつけ、ジブンの理想を
勝手に教祖に押し付け、入れあげてゆく。
ジブンの救い主なんだから、こうでなきゃ困る、
こうである筈だ・・。
聖なる存在の教祖はセックスなどもってのほか
なのである。見た目可愛い女学生であればなおさらだ。
教祖と信者のめざすベクトルが一致しているウチは
これほど従順で頼れる信者もいないのだが
もし意にそぐわなくなると、思い入れるジブンが
オカシイのではなく、思い通りではない「教祖」が
イケナイのだ!という考えに至り、暴走を始めるバカも。
(この辺の心理は、偏執的なアイドルストーカーや
一部の政治運動家にも通じる)
さらには、自分ではリクツに沿って動いている
つもりなのに、そのリクツが世間と乖離してることを
最後まで理解できず、どうにも人にメイワクをかけずには
いられない精神的に困ったオバサンも絡んできて・・・。
(↑無意識に最大メイワクなヤツ。
ひとりで篭もって死んでくれればいいのに)
金と欲とエゴがこれほど全面に出てくる組織で
しかも教祖が「若くて可愛い女子大生」となれば
ドロドログチャグチャ、フラグが立つことは
もう決定な気もするが、この作者はいい人
(自分の作品世界を決定的に汚すことができない)
なので、教祖の属性は「聖」であり、読後感も
それほど陰鬱にはならない。
これが実社会のように「俗」だと麻原のような
末路になる。
読者としては、小説の主人公にマトモな
「判断力」と「行動」を求めたい所であるが
なかなかそうもいかない。
主人公雪籐の行動を読み進めるうちに
あれ?コイツの言動おかしくね?
ちょっとでもそう感じられたら、
まあまだあなたに救いは不要。
逆に共感しまくりだったりしたら、
現在ちょっとジブンはマズイ時期にいるのでは?と
自省してみるのもよろしいかも。
「あたしはずっと、夜の中にいました。」救われる者と救われない者。
読者は最後に「夜想」とつけられた題の意味を知る。
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posted by PON at 21:00| 神奈川 ☀|
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